2008年 08月 20日

山田風太郎「くノ一忍法帖」を読む

いやぁ噂には聞いていたが凄まじいね。若かりし頃の馳星周がこれで「抜いて」いたと(本人談・解説内引用より)いうが分からないでも無い。
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「忍法筒涸らし!」
「忍法天女貝!」

忍法名だけでもかなり、そっち方面の感応力を呼び起こしそうだ。流石に俺は(高校生くらいの時まであればいざしらず)もう無理だけど(笑)。しかし命との引き換えは勘弁だが、秀頼最期の前夜みたいな忍法ならば俺も是非経験してみたいものだ。(分からん人は同書をご一読を)
忍法の内容は、まあはっきり言って荒唐無稽そのものではあるのだが、たまに著者によるもっともらしい解説がなされることがある。アナフィキラシー・ショックまで出てきたのにはびっくりだが、山田風太郎は作家になる前に医大生であった時期もあったらしい。なるほど。
娯楽小説としての基本プロット(直ぐに結末自体は容易に想像がついてしまうのだけどね。。。)そのものと、また現実の歴史にそれを小説として織り込む構成力が非常に秀逸で、特に導入章で俺はとても感銘を受けた。
同小説は月刊誌に連載され、各章ごと独立して読んで楽しむことができるよう工夫されていたらしい。通して読んでも一編の小説としても成立する。でもその読切り形式ベースとなっているせいか、正直言うと俺個人としては、中盤以降は読んでいてかなりダレてしまった(結に至る盛り上がり方、ヒネり方がいま一つ。。。)。
'60年代の日本の社会も人の感性もまだ十分に「若い」時代であれば、もっと純粋に娯楽として楽しめたのかもしれないが、既に色々な強い刺激や余計な知識でスレまくってしまっている俺が同書に十分に浸りきり楽しむためは、描かれている忍法が少し非現実的過ぎるという事も、ダレてしまった一因であるかもしれない。最新FSXの映画に慣れた現代人が、ジュールベルグの「月世界旅行」を見ている感じと言ったら、ちょっと極端か。しかし映画で言うと、ジュールベルグくらいまで遡らないと。。。「2001年宇宙の旅('68)」なんて、今みても全く遜色無いんで。
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by 2dachsies | 2008-08-20 11:06


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